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三岸節子の赤

穏やかな愛ではなく激しい恋を選び、

未亡人の身となり三人のこどもを抱えつつも絵筆を折ることは決してせず、

女性の地位が認められていなかった男社会の時代に、女流画家の地位向上に尽力した女流画家、それが三岸節子。

49歳の時に初めてフランスの地へ足を踏み、その後日本に戻り軽井沢の山荘にひとりこもって制作をしていたが、63歳で再びフランスに渡り二十年余そこで生活する。そして84歳で日本に帰国し、90歳を越えて、100号の大作を渾身の力で描ききった女流画家、三岸節子。

もし三岸節子の作品を今まで見た事のない人が、おおまかではあるが上記のような彼女の略歴を読んだとして、どのような作品を想像するだろうか。

激しい絵だろうか、力強い絵だろうか、それとも女性特有の繊細な絵を想像するだろうか。

もしくは反対に、三岸節子の絵画を見たことはあるが、その経歴を詳しくは知らない人は彼女の絵画からどのような人生や人となりを想像するだろうか。

三岸節子の絵画作品の魅力のひとつはその色彩にあるように思う。とりわけ彼女の描く赤い花の深みと重みのある色彩は、何とも形容し難く上手く言葉にできない。それは三岸節子本人が自負していたような、カラリスト(色彩画家)としての天性の感性によって産み出された色なのだろう。

しかしながら彼女の略歴をざっと読んだだけでも、その赤い色彩の深みが益々心理的にも視覚的にも、深いものに感じられるのは私だけだろうか。

戦前戦後を色濃く、鮮やかに生き抜いた女流画家、三岸節子は次のような言葉を残している。

「また私は女性ですから、その本能のおもむくまま、感性にもとづいて色彩に   熱中します。あるときは赤にはげしい魅力を感じ、何十枚でも、未完の作品の肌が、赤に塗られます。(中略)非常に瞬間的、爆発的に、色彩に熱中してしまいます。」

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by galerie-h | 2017-06-29 13:52