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ピカソが通ったカフェ

パブロ・ピカソはスペインはアンダルシア地方のマラガの出身ですが、10代の時に家族でバルセロナに移住します。その後マドリッドの王立美術アカデミーに入学するものの、学校という場所でアカデミックに絵を学ぶということに意義が見いだせず中退します。そしてその後ふたたび自由で開放的なバルセロナの街に戻ってきます。

1899年、当時17歳のピカソがバルセロナで足繁く通ったカフェがあります。そのカフェの名は「クアトロ・ガッツ」。そこは当時の芸術家やブルジョア達の支援によって生まれた特別なカフェでした。このカフェは当時流行していたモデルニスム建築の様式で建てられました。このカフェのコンセプトは芸術家達の集う場所を提供することでした。パリのカフェのような、芸術家達が集まる社交場をバルセロナにもつくろうとしたのです。

実際にこのカフェはバルセロナの芸術界で活躍していた画家や音楽家達が集まる場所となりました。若かったピカソはここに通い、このカフェの常連だった芸術家達から多くの刺激と影響を受けます。ピカソが後にパリへ行く決意をしたのも、このカフェで年上の芸術家達からパリという街の魅力について頻繁に語られたことに起因します。

そしてこのカフェ「クアトロ・ガッツ」はピカソの初の個展が開かれた場所でもあります。当時バルセロナで大変人気と名声のあった画家、ラモン・カサスに対抗するかのように、ラモン・カサスと同じような手法の肖像画デッサン展を行いました。資金のなかったピカソは自分の作品を額なしで、直接画鋲ではりつけました。そしてその作品数は150点以上という莫大な数でした。後日有名な大手新聞社の評論にある程度の評価はされるものの、あまり好意的ではない批判をされます。けれども若かったピカソはおそらく、そのような批評をものともせず自分の道を邁進していったことでしょう。

またピカソは仲間達とこのカフェのポスターなども手がけましたが、のちにそれがメニューとして使用されました。

ピカソに画家としてのチャンスとチャレンジする機会を与えたこのカフェは

10年ほどで閉店してしまったものの、現在では当時の内装を再現したレストランとして今もバルセロナの中心街の路地裏に存在します。

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by galerie-h | 2016-10-03 14:29