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ピカソの書簡

先月、バルセロナにあるピカソ美術館で「ピカソとラベントス」というタイトルの展示会が催されました。この展示会では、ピカソとバルセロナのラベントス家との間の友情に焦点があてられました。ピカソは青の時代ともいえるその青春時代にバルセロナでラベントス兄弟と出会います。ラベントス家はバルセロナのいわゆる上流階級のインテリ層でした。それからピカソはラベントス兄弟と密に交流をはぐくんでいきました。その交流はラベントス兄弟の息子にまでおよび、ピカソが死ぬまでのおよそ約一世紀もの間、ピカソとラベントス家の交流関係が続くのです。
この展示会で注目を集めた物はピカソがラベントス兄弟宛に書いた書簡の数々でした。ピカソがバルセロナからパリへ渡った後の彼の孤独な心情がつづられた文章、かとおもいきや、とあるバルで美しい女性を見たことの報告とその女性のスケッチを手紙につづったりと当時のピカソのパリでのボヘミアンな日常生活を垣間みる事ができる貴重な資料とも言える書簡がこの展覧会で展示されたのです。流石ピカソ、書簡の端々に粋な素描がちりばめられていたり、ときには手紙の全面積に美しい絵が描かれていたりと手紙といえどもさながら小品を見るよう。

考えてみれば、たいへんパーソナルな書簡が自分の死後に公に公表されることなど芸術家達は生前考えもしなかったことでしょう。それでもピカソに限らず古今東西の偉大な芸術家達の手紙の中には、ほとんどといっていいほど彼らのクリエィティブな才能とその個性が垣間みられて興味深いものです。そんな中でも、やはり巨匠ピカソの手書きの書簡は注目に値するものでしょう。

現代の電子メールの時代にもしピカソが生きていたとしたら、私達は彼の貴重な手書きの書簡を見ることはなかったのでしょうか。これはあくまでも私的な想像ではありますが、彼が例え現在のような時代に生きていたとしても、やはり自分でクリエィティブに描いた素描などを寄せた手書きの手紙をしたためることを好んだのではないかと思うのです。
ところでピカソ、コンピューターについて次のように言っています。
「コンピューターなんて役に立たない。だって答えをだすだけなんだから。」
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by galerie-h | 2016-03-25 13:55