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キース・へリングがバルセロナで描いた壁画

前回のブログの記事で、ストリートアートの先駆者であるキース・へリングについて少し言及しました。今回は彼がバルセロナに残したある壁画についてお話ししたいと思います。
キース・へリングはニューヨークのマンハッタンをはじめとして世界中の主要都市にて壁画を制作し、公共空間での活動を精力的に行ったアーティストです。
そのような彼がバルセロナに訪れる事になったのはひょんなことがきっかけでした。
ニューヨークのとある展覧会で、カタルーニャの美食家モンセがキース・へリングと出会います。そしてその金曜日の午前二時に、あるナイトクラブでキース・へリングは美食家モンセがなげかけたひとつの提案に承諾をするのです。それはモンセの故郷であるバルセロナにキース・へリングが壁画を制作すること。その提案の次の日には早速バルセロナの市庁舎の許可を申請し、その24時間後にはバルセロナの壁画は完成していました。つまり、金曜日に依頼された壁画を完成させるべく、さっそく次の日にキース・へリングはニューヨークを飛び立ちバルセロナへとおもむき、日曜日には壁画を現地で完成させたのです。驚異的な早さとフットワークではないでしょうか。それは1989年の2月27日のことで、キース・へリングはわずか五時間ほどで下書きなしに高さ2メートル、横の長さが約30メートルの壁画を仕上げました。キースは彼の友人や彼のファン、また興味をもった近隣の住民といった見物客に見守られる中、ラジカセを側においてエレクトロニック・ミュージックを聞きながらリズミカルに壁にドローングを仕上げていきました。赤一色で描かれたその壁画の内容はセンセーショナルなものでした。エイズを象徴するかのような大きな蛇が人々に脅威を与えています。そこから逃げようとする人々、蛇をハサミで切ろうとする人、戦おうとする人。そして人々が手と手をとりあって元気に踊っている姿の上に次のようなスペイン語の言葉が書かれています。
Todos juntos podemos parar el sida”.(皆で一緒にエイズをとめられる)

壁画が描かれた場所は当時決して治安がよいとはいえなかったバリオ・チノと呼ばれるところでした。彼がその壁画を仕上げた次の日には新聞がその事をとりあげ、壁画に対する様々な人の反応を紹介しました。街の行政の人間がこの地区の治安をよくするためには大変よい壁画だと賞賛する一方であるバーの経営者はこの壁画は顧客を減らしてしまう営業妨害の道化だとののしる人もいました。
このキースが制作した壁画は街の区画整理等のため、なんと92年に壊されてしまいます。しかしながら復元するためにオリジナルの複製はあらかじめとられていました。その復元されたものは96年にバルセロナのとある建物に設置されていたものの、他の国内有名作家の壁画に変えられてしまい、どこにもかざられないまま年月が過ぎてゆきました。それが昨年の2014年にバルセロナのラバル地区にある現代美術館MACBAに隣接した壁に復元されました。
大きなメッセージが込められたバルセロナにあるキース・へリングの壁画は、不死鳥のごとくラバル地区に再びよみがえったのです。

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by galerie-h | 2015-11-02 12:39